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第8回『女子プロレスを外の世界へ』

 お帰りなさいませお嬢様旦那様。
 プロレス格闘技マスコミ7年目かつ現場最年少の執事記者つばさです。

 今回は、4月29日に両国国技館大会で愛川ゆず季が引退したこともあり『女子プロレス』について書かせて頂きます。


 まずここでは『女子プロレス』を見る層をざっくりと2つにわけます。その2つとは『全日本女子プロレスを知っている層』と『全日本女子プロレス(以下全女)を知らない層』です。

 1968年に旗揚げされた全女は2005年に37年の歴史に幕を閉じ解散。その間様々な団体が生まれては消え、現在の女子プロレス団体でその頃から存在しているのはJWPとLLPW-Xだけとなっています。

つまり『現在の団体からファンに成った方の大半は全女を知りません』!
 
・・・正直今回のコラムを書くにあたり団体を調べたのですが、この事実には正直驚きました。

 僕自身、キャリア7年ということもあり全女解散後に業界に入ってきた人間です。そして初めて見た女子プロレス団体はアイスリボンであり、以前コラムでも書きましたが『人間は初めて見たものが基準となる』ので僕の女子プロレスのベースは『さくらえみ』ということになります。
 しかしそんな僕ですら『全女の時代は』・『全女のファンだった人に来てもらうには』・『全女と比べて』という言葉は色んな場所で聞いてきたのです。

 ファンがその言葉を言うのは問題ないと思う。歴史は確固として存在しています。だがしかし『今女子プロレスを見に来ていない全女時代のファンはどうしたら今の女子プロレスを見に来てくれるだろう?』という事をメインで据えるのはやはり上記から間違ってる状態だと判断出来ます。

 一つの基準として東京スポーツの『プロレス大賞』がありますが、そこで全女崩壊後女子プロレス大賞を取ったレスラーはさくらみ・高橋奈苗・愛川ゆず季の3人。
 これが何を意味するのかというと『選考委員である新聞社系マスコミは女子プロレス界の外を見ている』ということです。
 『女子プロレス界で1番』ではなく『プロレス界の中で活躍した女子プロレスラーで1番』。女子プロレスの枠を超えてプロレス界という枠で話題になり活躍した選手・・・それを全女崩壊後はじめに行ったのはSNS発の女子プロレス団体を立ち上げたさくらえみだった。

 SNS(ソーシャル・ネットワーキング・サービス)と呼ばれる、今や世の中で当たり前に使われるようになったツールですが、さくらえみが立ち上げたアイスリボンは当時全盛期だったMixi発の団体です。つまり初めから女子プロレス界の枠の外で戦っていた。その結果メディアにも取り上げられアイスリボンは短期間で急成長しました。

 同じように2年数ヶ月で両国国技館大会を成し遂げたスターダムも、愛川ゆず季というグラレスラーがいて当初から女子プロレス界の外を意識した動きが多く見られました。

 その愛川ゆず季も両国国技館大会で引退。全女解散後に間違いなく一時代を築いた女子レスラーがいなくなり、色んな人が今後の女子プロレスを考えた瞬間がそこにはあった。

 では今後どうした方がいいのか?
 新しい物にチャレンジし『女子プロレスを見たことない層』に広げていくしか無いんです。
 もう全女解散から8年です。『女子プロレスを見たことある層』の取り合いをしてもしょうがない時代になっています。
 ちなみに女子プロレスを見て書けるプロレスマスコミはもう10人ほどしか居なくなってしまいました。

 JWP、LLPW-X、OZアカデミー、センダイガールズプロレスリング、アイスリボン、WAVE、OSAKA女子、スターダム、ディアナ、REINA JOSHI-PURORESU、我闘雲舞、東京女子プロレス

 今存在する団体数もそこそこあります。
 なので今だからこそ、裾野を広げるために、愛川ゆず季の引退でマスコミを含めて多くの人が女子プロレスに注目した今だからこそ、連携を取り合い女子プロレス界の外へ、そしてプロレス界の外へ発信をしていける未来を願う次第です。



 ・・・外発信と言うと、Twitter、Facebook、Mixi、LINEなどなど多数のSNSがあり、今やその存在は必要不可欠。しかしこの活用の仕方には落とし穴があるのですが、それについては次回掘り下げたいと思います。